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コラム 解説

4H-SiCの積層欠陥について (4)
〜 4H-SiCの逆格子点の逆格子空間中の配置 〜

透過型電子顕微鏡法や、X線トポグラフ法などを用いて、結晶中の転位や、積層欠陥などの素性を調べる際に、回折を起こす反射を変えながら欠陥のコントラストの変化を観察する手法、g・b 解析あるいはg・R 解析などと呼ばれている手法は一般的に知られています。これらの解析手法を用いると、転位のバーガース・ベクトルや積層欠陥の変位ベクトル等を求めることが一般的に可能です。バーガース・ベクトルや変位ベクトルを求めると、個々の格子欠陥の繋がり、結晶成長の履歴、結晶への応力のかかり方などが分かることもあり、またこれらの格子欠陥の発生原因などが議論可能になる場合があります。しかしながら、なぜか日本のSiC業界ではg・b 解析あるいはg・R 解析などは格子欠陥の解析手法としてあまり行われてきませんでした。その理由は、日本でのSiCの研究は研究の目的が明確な民間企業によって主に推進され、大学での学術研究はあまり行われてこなかったということに起因していると思われます。4H-SiCパワーデバイスの研究開発といったプラクティカルな目的を持った民間企業による研究開発の視点では、格子欠陥の分類や同定は重要性の低い研究テーマだと考えられ、研究の優先度は低いと考えられます。しかしながらデバイスの歩留まり低下の原因を調べたり、4H-SiCウエハの高品質化を目的とする研究では、それらをきちんと調べることは重要だと思われます。

g・b 解析あるいはg・R 解析を行う場合、透過型電子顕微鏡を用いて回折図形を観察し、それぞれのラウエ斑点に反射指数を付け、その反射にブラッグ条件を合わせて、電子顕微鏡像を撮影するという実験を行わなければなりません。またはX線トポグラフを用いて欠陥の像を観察するためにはどの反射を選んで観察するかということを考えなければなりません。2010年代ころは、一部の研究者を除き、困ったことに民間企業で解析評価を担う研究者の大部分は、まず4H-SiCの反射の指数付けができなかったのです。これがSiC業界ではg・b 解析、g・R 解析が行われない隠れた理由の一つだと考えられます。また、4H-SiCはP63mcという空間群の構造に属していて63のらせん軸を単位胞中に持っています。らせん軸を含む構造は非共型の構造と言われていて、このらせん軸は回折現象にちょっとだけ複雑な効果を与えます。大学の理工学系の通常のコースでは回折現象について基礎的なことは教わってはいますが、らせん軸が回折現象に及ぼす影響については詳しくは教わっていないと思います。このことが、4H-SiCの格子欠陥を解析する研究者の業界にもうひとつの混乱をもたらせている原因だと思われます。

この文書では、いろいろな混乱を整理するために4H-SiCの逆格子点の逆格子空間中の配置を記述したいと思います。これを示しておくことは価値あることかもしれません。

図1

4H-SiCでは0001,0002,0003 反射の結晶構造因子の値は0なので、これらの反射はいわゆる禁制反射とされています。図1は電子顕微鏡を用いて撮影された4H-SiCの回折図形です。図1aは[1210]晶帯軸、図1bは[1100]晶帯軸で撮影された回折図形です。図1aでは0000と0004反射との間に、0001,0002,0003の指数を持つ反射が観察されていますが、図1bでは、0000と0004の反射の間には、それらの反射は観察されていません。電子回折図形を観察する方向によって、反射が現れたり消えたりしています。図1aでは多重回散乱の効果で反射が現れています。63のらせん軸を持つ非共型空間群では、このような回折現象が観察されます。

 

 

図2

4H-SiCの逆格子空間の一部を図2に示します。緑色の矢印で示した位置は、0001,0002,0003の指数を持つ反射列の位置ですが、これらの反射の構造因子の値は0なので図には逆格子点を示していません。また、別の緑色の矢印で示しているように1120と1124の間にも逆格子点列を示していません。一方、1010と1014の間には1011、1012、1013の指数を持つ反射が現れています。また0110と0114の間にも反射列が存在しています。これらの反射列を淡青色の反射で示しています。反射の指数がh-k=3n+1の場合と、h-k=3n+2のとき淡青色の反射列が現れ、h-k=3nのとき濃青色の反射列が現れるので注意が必要です。研究者の中にはこの現象に面食らう人がいるようです。

半導体材料を評価する業界では研究者が慣れ親しんだSi結晶にも同様な現象は実は観察されています。Siの結晶構造は空間群Fd3mに属していて非共型空間群の構造です。このせいで[001]晶帯軸から回折図形を観察すると200反射は通常観察されません。結晶構造因子を計算すると200反射は消滅則が適応され構造因子の値は0なので反射は観察されません。しかし[011] 晶帯軸から回折図形を観察すると強度を持った200反射が現れます。これについて疑問に思う研究者はあまりいません。[011]からの回折図形は昔から見慣れているので何の疑問も持たずに見過ごしているからかもしれません。

また、透過型電子顕微鏡を用いて4H-SiCのデバイス内に存在する転位や積層欠陥を解析する際に、0001,0002,0003などの禁制反射を用いてg・b 解析を行ってはいけません。これらの反射は1010, 10 10反射等などの反射を経由して強度を出しているため、0001,0002,0003などの禁制反射を用いて転位を観察すると、本来コントラストがつくはずのない基底面転位のコントラストが観察されてしまいます。0004反射を選び2波の状態で観察しなければ実験の意味がありません。2010年代の初期のころまでは国際会議のプロシーディングスには誤った解析を行った報告などが散見されました。近年は見なくなりました。

(完)(松畑洋文)

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