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コラム 解説

4H-SiCウエハに及ぼす転位の影響 (2)
〜 潜傷について 〜

市販の4H-SiCエピレディウエハや、研磨会社にCMP(化学機械研磨)を依頼して表面をエピレディの状態にしたウエハの表面を光学顕微鏡で観察すると、平坦で傷の無い綺麗な表面が達成されています。しかしながらこれらのウエハの表面に4H-SiCのエピ層を成長させると、表面に傷が発生することが光学顕微鏡で観察されることがあります。この傷のことを日本では潜傷と呼んでいます。潜傷はパワーデバイスの生産歩留まりを落とす大きな要因の一つになっています。この現象は、当初ウエハ研磨会社はエピ層成長プロセスに何らかの問題があるのではと考え、一方でエピ層成長研究者は研磨過程に問題があるのではと考えていて、発生原因が明確ではありませんでした。2010年代初頭、この原因の調査が行われています。

エピ層成長の前処理として、通常エピ炉内で高温でH2ガスを流しウエハの表面のクリーニングを行います。このH2クリーニングを行った後、ウエハを炉から取り出しウエハ表面を光学顕微鏡で観察するとすでに潜傷が発生しています。H2クリーニングで発生した表面の傷はその後のエピ層成長に伴い大きく深く成長します。

放射光を用いたベルクバレットX線トポグラフ法でエピ層成長前にウエハ表面の全面を撮影した後、エピ層成長を行い、発生した潜傷の位置を光学顕微鏡で確認し、その位置でのエピ層成長前に撮影されたX線トポグラフ像を見ると表面直下に特徴的な淡いコントラストを持つ格子欠陥が多量に整列していることが確認されます。

CMP→放射光ベルクバレットX線トポグラフ撮影→CMP→放射光ベルクバレットX線トポグラフ撮影を繰り返すと、この特徴的な薄いコントラストを持つ格子欠陥は、CMP研磨過程でウエハのさまざまな場所に出現したり消失したりすることが観察されました。このことより、この特徴的な欠陥はCMP中に表面直下に導入されたり取り除かれたりすることがわかります。

表面直下に出現する薄い特徴的なコントラストを持つこの格子欠陥の位置を、エピ層成長前に光学顕微鏡で観察すると平滑で綺麗な表面が観察されるのみで、何も特徴的なものは観察されません。しかしながら、走査型電子顕微鏡(SEM)や原子間力顕微鏡(AFM)で観察するとナノレベルのスクラッチが観察されることがあります。またこれらのナノレベルのスクラッチの存在すら確認がされない場合もあります。

この特徴的なコントラストを持つ格子欠陥のウエハの位置を収束イオンビーム装置(FIB)を用いて切り出して平面試料を作成し透過型電子顕微鏡(TEM)で観察すると、小さな面積中に基底面転位ループが多量に存在しその状態が表面直下でスクラッチ状に分布していることが確認されます。これらのことより、CMP中に表面直下に局部的に高密度の基底面転位が導入されることがあり、それらの表面直下の多量の基底面転位がエピ層成長の前処理によるH2クリーニングによりエッチングされ、ウエハ表面に凹凸が形成され、エピ層成長により表面凹凸が拡大顕在化することが分かりました。

ちなみに、潜傷が出現した後にX線トポグラフ像を撮影しても、表面直下の高密度の転位はエッチングにより取り除かれているので、潜傷発生後の潜傷部には格子欠陥は観察されません。FIBにより断面試料を作製しTEMで観察すると、これらの転位は表面から数nmから数100 nmの深さに存在していることが確認されています。X線トポグラフ法で観察しているのは基底面転位の周りのミクロンオーダーの長範囲の歪です。潜傷の場合、表面直下に存在する基底面転位の長距離の歪は表面効果によって、バルク中の転位の周りの長距離のミクロンオーダーの歪みとは異なっていると考えられます。バルク中に存在する1本の転位はX線トポグラフ像ではくっきりとしたコントラストを示しますが、ナノメーターオーダーの深さに存在する基底面転位は、高転位密度部出であっても淡いコントラストを示すと推察されます。ま高密度の基底面転位の長距離の歪みの一部は、互いに相殺されていると考えられます。これらのことが、X線トポグラフ像では潜傷部に淡いコントラストが出現する理由だと考えられます。TEM 観察の場合はweak-beam法で観察していて、転位芯近傍の短範囲の歪を観察しているので転位の存在を明確に確認することができます。X線トポグラフのベルクバレット法と透過型電子顕微鏡のweak-beam法では見ている歪みが異なるのです。

潜傷はCMP中に局部的に発生し、ウエハ全面に均等には発生しないので、偶発性の高い原因であると考えられます。ひとつの原因は、CMP中のウエハ端面でのチッピングだと考えられています。ウエハメーカー各社のウエハの端面をSEMで観察するとウエハメーカーや生産ロットによって端面の処理の仕方や仕上げの質が異なっていることが観察されます。これが潜傷の発生に違いを与えていると考えられています。またCMPに利用される薬剤の研磨中の偶発的な凝集固化などが原因であるとも考えられています。薬剤の調整やCMP研磨の方法の改良などが進められています。

4H-SiC中では高温では転位は動くことができますが、高温でそんなに簡単には表面から抜けて行くことはありません。Siウエハの場合、研磨によって表面直下に転位が導入されたとしても、エピ層を成長させるために温度を上げていくと、その過程で転位は表面へ排出されていることが推察されます。

日本のいくつかのウエハ研磨会社は原子レベルで平坦な表面を達成する技術を誇っていますが、その高質な研磨技術がウエハ全面で達成されているかに関しては、それまではあまり注意が払われていなかったのかもしれません。

これらの研究成果について興味があるかたは下記をご覧ください。

  • M. Sasaki, et al., Materials Sci. Forum, Vol. 778-780, pp 398-401 (2014).
  • H. Sako, et al., Materials Sci. Forum, Vol. 778-780, pp 370-373 (2014). 
  • M. Sasaki, et al., Jpn. J. Appl. Phys. 54, 091301 (2015).
  • H. Sako, et al., Jpn. J. Appl. Phys. 119 135702 (2016).

(完)(松畑洋文)

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