放射光ベルク・バレットX線トポグラフ法による転位の観察についての解説文を連載で書いています。この解説文は、格子欠陥の評価解析に興味を持つ人を対象に書いています。前回のその(4)では、g=1128の回折条件での、b=±1/3[1120]のらせん転位がどのようなコントラストを示すかを紹介しました。この回では、b=1/3[1120]の基底面転位全体がどのように観察されるかについて紹介し、さらにg=1128の回折条件で他のバーガース・ベクトルを持つ基底面転位がどのようなコントラストを示すかを整理します。
図5-1(a)、(b)、(c) はそれぞれ、g=1128、 g=1128、g=1108の回折条件で撮影された4H-SiCのベアウエハ表面での転位半ループの放射光ベルクバレットX線トポグラフ像です。白矢印はウエハ表面上にgべクトルを投影したときのgべクトルの向きを表現しています。図5-1(a)で黒矢印で示すA点の部分には明るい点状のコントラストが観察されますが、後に議論しますがこれは貫通刃状転位のコントラストです。(d)はこの貫通刃状転位を考慮して描いた転位半ループの配置の模式図を示しています。転位の向きはA1→A2→B→C→Dと設定しておきます。(c) g=1108の回折条件で”S“と黒矢印で示した位置では転位のコントラスが消失していてこのコントラスト消失部は、ここが基底面らせん転位部であることがわかります。また、この基底面らせん転位部の、g=1128、 g=1128でのコントラストを観察すると、転位に沿った非対称コントラストの逆転が観察されます。これらより、この転位はb=1/3[1120]またはb=1/3[1120]のバーガース・ベクトルを持つことがわかります。図5-1 (a)を見るとAからBの部分では転位は黒いコントラスト、Dの部分を見ると転位は明るいコントラストが観察されその両側に暗いフリンジのふち飾りのようなコントラストがついています。ここで、”その(3)“の図3-1のb=1/3[1120]の基底面転位ループの構造と比較して見ましょう。
図3-1と図5-1(a)を比較すると、この転位半ループのバーガース・ベクトルがb=1/3[1120]の場合、図5-1(a)の黒いコントラストの”AB”部分は図3-1の”AB”部、つまりCコア刃状転位に近い混合転位部のコントラストであり、図5-1(a)の”D”の明るい部分は図3-1の”C “の部分、つまりSiコア刃状転位部のコントラストであることが推察されます。また、この転位半ループのバーガース・ベクトルがb=1/3[1120]である場合、逆に暗いコントラストの部分がSiコア刃状転位に近い混合転位、明るいコントラスト部はCコア刃状転位部と推察することができます。
放射光ベルク・バレットX 線トポグラフ法での Siコア刃状転位部とCコア刃状転位部のコントラストがどういうふうになるのかは、一応は、回折理論を用いた簡単な議論は可能です。動力学回折理論を用いた定性的な議論では、図3-2(a) のような下凸の歪みの場合、吸収係数の小さなX線の波が強く励起され強いX線の回折強度を持ち、暗いコントラストを示します。つまり暗いコントラストを示す転位はCコア刃状転位であると推察されます。図3-2(b) のような上凸の歪みの場合、吸収係数の大きなX線の波が強く励起され、X線の回折強度は減衰し、この歪みの部分は白いコントラストを示すことになります。つまり白いコントラストを示す転位はSiコア刃状転位であると推察されます。
これらの歪みの種類とX線回折強度の話は、1960-1970代のX線回折の教科書にはそれなりによく登場します。ちなみにトポグラフ像は原子核乾板により撮影されていて、X線強度が強い場所は暗いコントラスト、X線強度が弱い場所は明るいコントラストが現れます。これらの歪みを伴う場合の回折X線の強度変化の議論は、電子顕微鏡屋さんがよく知っている”アルケミ効果“と同様な理屈です。これらのコントラストの出現には吸収の効果が大きく関与しているということになります。また、入射X線が小さな発散角を持って結晶に入射し、回折を起こす面が少し湾曲していると、回折の際にはレンズのような効果を持つようになります。図3-2(a) のような下凸の歪みの場合、回折を起こしている格子には弱い凸レンズのような効果が働き、回折波は集束して回折強度は増加し、図3-2(b) のような上凸の歪みの場合、回折を起こしている格子には弱い凹レンズのような効果が働き、回折波は発散して回折強度は減少するという定性的議論が成り立ちます。いずれのモデルで考えてもSiコア刃状転位は白いコントラストを示し、Cコア刃状転位は暗いコントラストを示すということになります。
一方、X線回折運動学理論を用いても、定性的な説明は議論されていて、結晶格子のレンズ効果が関与しているということになります。いずれの考えでも結論は同じなのですが、コントラストを与える主な定性的な原因が異なっているようです。レンズ効果のみで説明がつくのか、吸収の効果が重要な因子のか、あるいは両方の効果なのか、の議論は面白い課題ですが、パワエレ応用のためのトポグラフ活用を目的とするのであれば、この話は解決しないといけない問題ではないので、このまま保留しておきたいと思います。
暗いコントラストを示す基底面転位をFIBで切り取って、透過型電子顕微鏡高分解能像観察を行うこと、暗いコントラストを示す転位は基底面Cコア刃状転位であることが観察されます。このことにより図5-1の転位半ループは、b=1/3[1120]の転位であることがわかります。以上よりg=1128の回折条件で、b=1/3[1120]の基底面転位を観察すると図5-2に模式的に描かれたコントラストを示すことがわかります。図中の白矢印は結晶表面に投影したg=1128の向き、黒矢印は転位の向きξまたはバーガース・ベクトルbを表しています。
コメントを残す