半導体格子欠陥評価法の比較
4H-SiCの研究の分野では、転位や積層欠陥などの格子欠陥を観察する手法として顕微PL(フォトルミネッセンス)法、透過型電子顕微鏡法、放射光X線トポグラフ法などが利用されてきました。これらには、それぞれ異なる特徴があります。まず初めに、これらの手法の違い、特徴について簡単に述べたいと思います。
顕微PL法
顕微PL法は半導体材料の格子欠陥観察法として大変馴染みの良い手法で歴史的にもデーターが蓄積しているようです。この手法の場合、比較的安価に装置を購入することができます。4H-SiCのエピ層中に含まれる格子欠陥を調べるには、顕微PL法で調査するのにちょうど都合の良い欠陥の密度と種類です。光学フィルターを駆使したり、局所部分からのスペクトルを観察したりすると、観察されている格子欠陥を専門的にさらに深く調べることが可能です。これはこの手法の長所だと考えられます。また、4H-SiCにはいろいろな積層欠陥が存在しており、それらの一部は回折的手法(X線トポグラフ法や透過型電子顕微鏡のg・b解析法)では存在を検出することができないステルス的な積層欠陥が存在しているのですが、それらの見えない積層欠陥を、可視化し示すことができるのもこの顕微PL法の長所です。
一方で転位のバーガース・ベクトルや積層欠陥の変位ベクトルなどは顕微PL法では調べることはできません。また最大の短所は、ドーパント濃度が適切ではないとPL像中に格子欠陥のコントラストが現れにくいということが挙げられます。一例を挙げると、4H-SiCのエピ層中のドーパント濃度が適切な場合、転位、積層欠陥は観察することは可能ですが、高い窒素濃度のウエハ中の格子欠陥は観察することは困難です。エピ層中の格子欠陥のみの選択的な観察が目的の場合はとても都合が良いのですが、エピレディ状態のウエハ表面近傍の調査は通常は顕微PL法では困難です。しかしながら、これらの短所を考えても、総合的に考えると顕微PL装置は安価で、使い勝手が良く、いろいろな情報を得ることができます。基本的で重要な格子欠陥の解析手法だと思います。
透過型電子顕微鏡法
透過型電子顕微鏡を用いて転位や積層欠陥などの格子欠陥を解析する場合、回折的手法を用いる場合と、高い分解能による観察手法と、2の異なる観察手法があります。回折的手法の代表はg・b解析法と呼ばれている解析法です。さらに収束電子回折(CBED)法などの回折的手法の適用例もSiC結晶の転位のバーガース・ベクトル決定の作業で増えてきました。この手法だと、バーガース・ベクトルの高精度な調査が可能で、実際に威力を発揮し、新しい知見などが得られた実績があります。透過型電子顕微鏡を用いて高い分解能の像観察を行う前に、まずはこれらの回折的な手法を試すことが、透過型電子顕微鏡利用の王道だと考えられます。これらの回折的手法は、他の手法、顕微PL法や放射光X線トポグラフ法と比較すると、格段に高い空間分解能で格子欠陥を解析することができます。一方、いわゆる透過型電子顕微鏡による高分解能像観察や、また走査透過型電子顕微鏡による環状暗視野(HAADF: High-Angle-Angular-Dark-Filed)法、環状明視野(ABF:Angular-Bright-Field)法なども、原子レベルの分解能の観察で威力を発揮しています。また、観察と同時に局所部分からの特性X線スペクトルや電子エネルギー損失スペクトルなどの採種が可能なので、必要な時に威力を発揮します。これらの解析手法では、高い精度の格子欠陥の解析と、高い分解能での解析が可能です。これらは透過型電子顕微鏡や走査透過型電子顕微鏡のたいへん強力な長所だと考えられます。
しかしながら、透過型電子顕微鏡を利用する場合、まず薄膜試料に加工しなければならず、この手法は基本的に破壊検査です。SiCの電子顕微鏡観察の場合、特定部位をFIB加工して薄膜試料を作製する場合が多いですが、SiCのFIB試料作製に慣れていないと、作製した薄膜試料中に観察したい場所が含まれないことが多発します。FIB加工の際にはいろいろな経験と工夫が要求されます。慣れない研究者には、敷居が高く、これは短所と考えられるかもしれません。また、デバイス全体、エピ層全体、ウエハ全体などの広い大きな領域での格子欠陥の調査は不可能です。さらに、透過型電子顕微鏡は大変高価なので、容易に買い揃えることができません。実際の場合、SiCテクノロジーの研究者は電子顕微鏡観察を引き受ける分析会社にアウトソーシングしている例が多いように思います。しかしこのアウトソーシングがトラブルを引き起こします。発注する側の勉強不足で何をどう観察すべきかの明確な指示がなく、発注を受ける側の勉強不足で何をどう観察解析すれば良いのかがわからず、とりあえず言われたように作業を行い、「これがその作業結果です」、という結果が出てきて、「はあ、そうですか」で終わって、それなりの代金を支払い、結局のところ何だかわからないとの結論が出たりします。分析会社は言われたように作業しているので、契約は達成されます。これが日本のSiCテクノロジー業界での透過型電子顕微鏡利用についての大きな問題点だと思います。
かつて研究開発が盛んに行われていたSi-CMOSでの、ゲート酸化膜の膜厚は狙ったとおりの膜厚か?とか、チップの中で金属配線はきちんと繋がっているか?とか、オーミック接合部に空洞が存在していないか?そこに第3相が出現していないか?出現しているとするとその化学組成は?等の作業については、分析会社は得意です。しかしながら「そこに格子欠陥はあるのか?」とか「あるとすれば、どんな格子欠陥なの?」という課題は、分析会社にとっては荷が重すぎる課題のように思います。つまり、分析会社は電子顕微鏡による形状観察、形態観察、長さの確認、EDSなどによる定性分析は得意ですが、格子欠陥の検出と同定は一般的にあまり得意ではありません。 [1120]方向から4H-SiC結晶の高分解能像を観察することは見栄えのする像が撮影されるので、特にこの方位は透過型電子顕微鏡で格子欠陥を観察する定番の方位のようです。 [1120]方向から観察する試料をFIBで作製してg・b解析や高分解能像観察を行っても、何の格子欠陥の像も観察されなかったとします。格子欠陥は無いと言い切ることはできません。ゴニオメーターを動かして[1120]方向から30°傾けると、急に多量の格子欠陥の像が現れるということは経験する話です。