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コラム 解説

牛のゲップと人口80億人

牛のゲップから考える地球温暖化の不都合な真実

先月(2022年11月)はCOP27が開催され、コロナ感染症やウクライナ戦争で影が薄くなっていた地球温暖化問題に久しぶりに光が当たっている。

地球温暖化と言えば、牛のゲップに含まれるメタンが温暖化をもたらしているとの報道がある。反芻類の胃の中に住む細菌が、餌を発酵してメタンを作るそうだ。メタンはCO2の25倍の温暖化効果があるとされ、地球全体の家畜から出る温暖化効果ガスは、CO2換算で年間20億トン、全世界排出量の4~5%ほどになるという。

このニュースが引っ掛かった。牛の生理現象であるゲップが、地球温暖化の悪役扱いされるのにモヤモヤした感じを受けたのだ。

そもそも地球温暖化とは、人類が、石炭や石油(過去数十億年の生命の光合成活動が大気中のCO2を吸収して地層中に蓄積されてきた還元状態の炭素)を産業革命以来、急ピッチで燃やしてCO2として大気に放出した結果、大気組成のバランスが崩れている現象、と理解していた。牛を飼うのも人間活動だという理屈であろうが、ガソリンを燃やす自動車と同じように、草を食べる牛を悪役とするのはどうかなあと。

そんな時に、19世紀の初頭には10億人程度だった地球人口が80億人を越えたというニュースが入ってきた。

牛のゲップがけしからんと偉そうなことを言っている人間様が、生物ヒトとして排出している温暖化ガスの量どれくらいあるのだろうか、ふと、気になった。

地球上のヒトが、生理活動として呼吸で排出するCO2量をざっくりと推定してみた。(ヒトも腸内発酵で生成したメタンを排出するが、オナラの回数は呼吸回数よりも圧倒的に少ないので無視)

人類全体の呼吸による年間CO2排出量は23億トン

電卓叩いて、23億トンが出てきた時は驚いた。

牛のゲップ20億トンと並ぶ量だ。人類80億人が呼吸をするだけで環境に加わる圧力は凄まじい (注1)

この数字をどう受け止めたらよいのだろう。

人口と温暖化の関係を見るために、産業革命から今日までの、地球人口と平均気温変化を同じ時間軸で並べてみた。

地球人口と平均気温の推移

赤い線で示した人口増加と黒い線で示した気温上昇がきれいに同期している。

人口と温暖化の相関メカニズムには議論があろうが、産業革命を起点とするふたつの因果関係、(1) 産業革命 → 化石燃料の本格利用 → 地球温暖化、(2) 産業革命 → 食料増産と医療衛生の改善 → 人口増加、を認めても良いだろう。

相関と因果関係の混同には注意が必要だが、人口は食料供給で制限されるとすれば、化石燃料の利用がめぐりめぐって食料増産につながり人口が増えたと、ざっくり解釈できる。言い換えれば、今の人口は化石燃料を燃やすことで維持されているということだ。

80億人という人口が既に地球生態系が持続的に支えられる生物学的容量を越えていて、その歪みが地球温暖化として顕在化しているとも言える (注2)

ローマクラブが「成長の限界」と警鐘を鳴らした20世紀後半の生物の教科書に、シカの天敵オオカミがいなくなった山でシカの頭数が急増し、餌となる山の木の葉を食い尽くして森を枯らしてしまい、餌を失ったシカの頭数が急減する図があった。当時の高校生には明るい未来を否定する強烈な印象が残った。

実際そんなことにはならず、高校生は、学生時代にバブルを謳歌して、失われた30年を社会人として過ごし、無事にリタイアする年齢を迎えたわけだが、高校生の心境に戻ってこのグラフを眺めると、化石燃料の利用(産業革命)→ 食料生産増加 → 人口増加 → 生態系が維持可能な人口を超過 → 生態系の崩壊(気候変動)→ 食糧生産減少 → 人口減少、というシカを襲ったのと同じ悲劇的シナリオが浮かぶ。

COP27で、気象変動による途上国の被害を先進国が補償する基金の検討が始まることになった。良いニュースだが、世界中が食糧不足に陥れば、そんな綺麗事ではすまない。ロシアのウクライナ侵攻後の穀物争奪戦のように、真っ先に影響を受けるのは最貧国だろう。人口減少は人類平等には起こらない。皮肉なことに、温暖化による食料不足で飢えるのは温暖化ガス排出が少ない人々からになる。

人口が減れば温暖化ガス排出は減り、地球温暖化が確実に止まる。平和裡に世界人口を減らす道はないのだろうか。

先進国では人々の生活水準が向上して少子化が進み、人口減少が始まっている。現在人口が急増している途上国の生活水準が向上すれば、痛み無く、地球人口が減少していくことが期待される。国連の中位推計は、地球人口が2090年ごろをピークに減少に転ずると予想する。

しかし、生活水準向上と一人当たりの温暖化ガス排出増加は表裏一体だ。そのままでは人口が減少しても温暖化ガスの排出削減につながらない。ゼロエミッションで目指すべきは、CO2排出の単なる辻褄合わせではなく、一人当たりの温暖化ガス排出を増やさずに、なおかつ世界の人々の生活水準を向上させる「夢の」技術革新なのだ。

とても長い道のりになりそうだ。それまでこの地球が待っていてくれるだろうか。

(坂本邦博)

(注1)

人類が呼吸で吐き出す23億トンの CO2は、人類活動による地球温暖化ガスの総排出量 (335億トン@2019) の集計に直接入ってはいない。食物の元をたどれば、生物が光合成で大気中のCO2を取り込んだ炭素化合物に行き着く。そこだけ見ればカーボンニュートラルになっているからだ。といって安心はできない。食糧生産に伴い発生する地球温暖化ガスが、農地利用(森林の減少)や農機や漁船の燃料、肥料工場が使うエネルギーなどの形で、様々な排出項目に計上されているはず。それを統計データから選り分け積み上げるのは難しい。視点を変えて推定してみよう。産業革命前には、人口10億人ほどだった人類は化石燃料を使わず、CO2濃度平衡状態で生きていたと考えられる。産業革命後に増えた70億人分を養う食糧を生産するには、何らかの形で化石燃料が必要だと考えても良いだろう。食糧生産に伴う地球温暖化ガスの排出量を、えいやっと増えた70億人が吐き出すCO2量と同じと計算すれば、20億トンになる。ヒトの吐き出す息は、牛のゲップと同程度に、温暖化に寄与している。(本文に戻る)

(注2)

経済学の立場から、地球の生態系を「自然資本」として捉え、経済成長によって自然資本が減価して経済成長の持続性が失われている、という見方が出ている。(本文に戻る)

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