前回の記事においては、従前のロードマップ議論では少々耳慣れない「技術成熟度」の意味を取り上げた。昨今、特に科学技術が複雑化・複合化しているトレンドがあり、今回はその観点から「技術階層」とそのR&Dロードマップ上の意味合いについて議論したい。
科学技術が相応に進展すると、技術領域の分業と専門化が次第に進むようになる。一方、最終的な実用的成果として社会的要請に高度に対応することが求められるようにもなり、そのためには分業化した近接技術領域間の相互連携、或いは技術成果の効率的移管の重要性が増してくる。言い換えると、単一技術で最終的な社会的要請に応えられるケースはほとんど無く、異なる技術領域に属する複数の技術の統合が不可欠になってきているのが現状である。
近年、R&Dロードマップを議論する際に最終的な恩恵をもたらす「あるべき」最終技術から必要となる個別の要素技術に分解していく「バックキャスト」の手法がしばしば提唱されている。一方、従来の考え方は、現時点での「既存」要素技術の水準とその問題点を精密に分析し、「あるべき」技術に向けて要素技術の改善と統合を進める「フォーキャスト」型である。この両者にはそれぞれメリット・デメリットがあり、どちらがいいか一概には言えないところであるが、技術進展を定式化するR&Dロードマップ論においては、技術の分解と統合の作業に対応するものと捉えることができる。
上記の様な状況を鑑みると、ロードマップに新たな進展軸を設ける必要性が明確に存在することになり、システム技術を最終形態として、それを実現或いは構成する要素技術群を設定することが妥当と思われる。一例を挙げれば、大規模な高性能情報処理システム・機器を実現するためには、LSI回路や通信モジュールが必要となるが、それらが必要なパフォーマンスを発揮できるには、高性能な半導体デバイスが不可欠なのは周知の事実である。また、高性能な半導体デバイスや回路部品を実現するためにはウェハ他の素材の品質向上が欠かせない。電力パワーシステム・機器の場合には、パワーモジュール、パワー半導体デバイスチップ、半導体ウェハがそれに相当する。図4-1に高性能電力パワーシステム・機器を実現するための要素技術を分解して示している。また、図4-2はその中のパワーモジュールを実現するために必要となる高性能受動部品に向けた要素技術の階層である。ここで注目頂きたいのは、素材から最終的な電力変換器に至る流れの中で、どこかに新たな革新技術か新規要請が見出された際には、その革新技術の利点をフルに活用するためにその下流の技術領域での新規対応が必要になったり、新規要請を満足させるために上流の技術領域へのフィードバックが生まれたりして、当該技術領域以外にも新たな技術開発の必要性が生まれることである。そしてこれらの技術階層間の連携やスムーズな技術移管が最終目標実現のために極めて大きな意味を持つことは言うまでも無い。
これらの概念を一般化すれば、「応用機器・システム」、「機能モジュール」、「機能要素」、「素材」といった技術階層(階層数は技術分野によって異なり、必ずしもこの4階層と言うわけではない)が定義でき、以後これらの技術階層をR&Dロードマップの第4の進展軸としたい。但し、この「技術階層」軸における進展度の高い(システムに近い)状態と「技術成熟度」が高い状態がしばしば混同されることに注意頂きたい。技術成熟度はあくまで一つの技術階層の中でどれだけ実用化に近い(産業として成立いうるかどうか)状態にあるかの指標であるのに対し、技術階層は社会的に意味のある最終システム形態を一つ仮定したときに各々の要素技術が統合化してどれだけ最終形態実現に近づいているかの指標と解釈できる。例えば、「素材」や「機能要素」の階層はシステム的な社会実装の点ではまだ完成形ではないパーツである傾向が強いが、一つの技術階層としては技術成熟度が十分高く産業として成立するケースもある。R&Dロードマップ論として技術成熟度と技術階層の違いには注意が必要である。
残念なことに、実社会の中では上記の技術階層は別々の技術者集団に属していることがほとんどであり、産業構造的にも別々の業界が対応している。最終的な社会の中での実用化を想定する際にも、単一の業界(即ち単一の技術階層)のみで対応できる話しではなくなり、異業種を跨ぐ産業的なサプライチェーンの確立が必須となる。R&Dロードマップの進展としては異なる技術階層の成果を極力効率的に有機的に繋げていくことが重要となる。
これまでの4回で、R&Dロードマップの進展軸に対する考え方として新たに「技術世代」、「技術成熟度」、「技術階層」を提唱してきた。次回(最終回)では、それらの相互関係と表現の仕方、並びに特に特徴的な成熟度進展軸の具体例を示す。
(つづく)