「(1) 標準的ロードマップの解釈上での課題」では、世の中で議論されている標準的ロードマップの問題点を指摘し、単純な「特性指標」よりむしろ「技術成熟度」、「技術世代」に注目すべきスタンスを示した。今回はこの新たな進展軸を考察してみたい。
まず「技術成熟度」であるが、、もともと1989年にNASAが初めて提唱したTechnology Readiness Level (TRL)に端を発する。当初はNASAがいろいろな技術を「調達」するにあたって各々の技術の成熟度をアセスメントするのが趣旨であったが、技術イノベーション論を語るの大いにマッチしており、次第に広く認知されるようになった。その中身は、技術の進展に関して、原理・現象の発見から実用化・大量生産に至る展開レベルを汎用的に表現できるいくつかの段階に分けたものであって、単純な性能を表す特性指標とは大きく異なる概念である。その後、進展具合の段階表現に関しては、いくつかの定義が米国DOE他の機関からも発表されている。我が国においても、2014年ごろより環境省や産業技術総合研究所で活用されだし、JAXAではTRL運用ガイドラインも策定され、最近では国家プロジェクトの運用・評価においてもその活用が提起されるに至っている。
図2-1にNASAの9段階定義に準じたものを示すが、技術シーズの現象発見(基礎研究)から応用研究/開発を経て社会の中での実用(事業化)化に至る技術開発の発展段階を数値化したものである。図2-1にご覧頂く様に、単なる性能数値ではなく、最終物の実用化に不可欠の製造(マニュファクチュアリング)における安定性や再現性、更には量産性や信頼性の観点も加味されている。この技術成熟度の軸は一見時間軸のようにも見えるが、意味する本質は時間軸とは異なっていることに注目頂きたい。図2-1の各段階の表現は多くの技術領域に対して普遍的である一方、実際に使うには抽象的過ぎると思われるかもしれないが、技術領域が決まればそれに応じてより具体的に定義し直すことが出来る。技術開発イノベーション論の教科書によく登場する「魔の川(Devil Riber)」、「死の谷(Valley of Death)」、「ダーウィンの海(Darwinian Sea)」も、この軸上では比較的明確に配置することができる。
次に「技術世代」であるが、まず技術の基本的な進展を表現するのが単一技術に関する”技術成熟度 vs. 時間”である、と言う見方に立てば、技術の質的進化を表わす指標が「技術世代」ということになる。表2-1に個別の技術領域において重要な技術世代の例を示す。技術領域をどう捉えるかによって世代に対する考え方は異なるかもしれないが、どのケースでも従来世代の技術に対して、質的な技術革新と特性向上が達成されている。
技術領域 | 従来技術世代と新たな技術世代 |
ディスプレイ | CRT → 液晶 → 有機EL |
半導体論理 デバイス | バイポーラトランジスタ (TTL) → 電界効果トランジスタ (CMOS) |
Si パワー デバイス | サイリスタ (他励式) → ゲートターンオフサイリスタ(GTO) (自励式電流駆動) → 絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT) (自励式電圧駆動) |
SiC パワー デバイス | プレーナ型MOSFET → トレンチゲートMOSFET ユニポーラデバイス → バイポーラデバイス |
「特性指標」だけをみると、新たな技術世代の導入によってトップデータとしては大きな向上が見られることになる。しかし、技術成熟度に関しては先行する技術世代に比べて同一時点では遅れを示すのが通常である。その結果、この技術成熟度と技術世代を併せたものが従来の「特性指標」に近いものになるであろう。「(1) 標準的ロードマップの解釈上での課題」でも述べたように、技術世代の変革は不連続な特性指標の向上に相当し、単一世代/技術のみでは連続的でかつ飽和してしまう特性向上過程に新たなブレークスルーを持ち込むものと捉えられる。本格的な技術開発推進の立場では新たな世代技術をいかにして生み出すかが大きな方法論的課題となっている。
今回、通常のロードマップにおける「特性指標」の中身を、「技術世代」と「技術成熟度」に分解することを試みたが、”成熟度”という表現は具体的に何を表すのか、実際には極めて曖昧であると感じる方が多いのではないだろうか。そこで、「技術成熟度」の中身は何なのであろうか、次回はこの点を考察してみたい。
(つづく)