“その(1)”では主に格子欠陥がエピ層表面で終端する際に形成される表面モフォロジーについて紹介しました。”その(2)”では、何らかのきっかけで4H-SiCのエピ層成長中に局所的に3C構造を持つエピ欠陥のSEM像を紹介しました。”その(3)”では、エピ層表面に形成される表面形状の欠陥、”鈍角三角形欠陥類”と、表面に口を開けているパイプ類について述べます。
鈍角三角形欠陥
エピ層表面には様々な欠陥が生じていますが、それらのエピ層欠陥が存在すると、鈍角三角形欠陥や台形欠陥などの巨大な表面欠陥が付随して生成されることがあります。これらの欠陥の他に、エピタキシー層成長に伴って界面転位が動くことによって生じる”へら状欠陥”なども生成することがあります。これらの欠陥は巨大で光学顕微鏡で観察することができます。図1(a),(b)に巨大な鈍角三角形欠陥の光学顕微鏡像を示します。光学顕微鏡の100倍程度の倍率で容易に観察することができます。これらの鈍角三角形欠陥、台形欠陥、あるいはへら状欠陥等は、表面の凹凸の形態が鈍角三角形状、台形状やへら状になっているものを指しています。つまり鈍角三角形、台形、へら状の形状の縁にステップバンチングが形成されています。パワーデバイスを作製すると、表面凹凸位置に作製される複数のパワーデバイスにダメージを与え、デバイスの歩留まりを低下させます。
図1(b)の光学顕微鏡像に示すように、三角欠陥などのエピ欠陥が発生するとそれに伴って鈍角三角形欠陥は形成されることが観察されます。同様に3C粒子、コメット、キャロット、貫通らせん転位のピットなどのエピ欠陥が頂角部に観察されるため、3C粒子、三角欠陥、コメット、キャロット、貫通らせん転位のピットなどのエピ欠陥が鈍角三角形欠陥の発生原因となっていると考えられます。しかしながら、これらの欠陥を伴わない鈍角三角形欠陥も数的に多数存在します。発生原因がよくわからない鈍角三角形欠陥のほうが圧倒的に多数の場合もしばしば観察されることがあります。図1(a)の光学顕微鏡像は発生原因が不明の鈍角三角形欠陥を示しています。しばらくの間、これらの鈍角三角形欠陥の発生原因は不明でした。鈍角三角形欠陥の発生原因を整理して明確にすることは、パワーデバイスの歩留まりを改善するうえにおいて大変重要です。
鈍角三角形欠陥、台形欠陥、へら状欠陥については下記の論文に詳細があります。
- Yamashita et al., Matt. Sci. Forum., 740-742, 649-653 (2013).
- Yamashita et al., Matt. Sci. Forum., 778-780, 374–374 (2014).
- Sako et al., Jpn. J. Appl. Phys. 53, 051301 (2014).
マイクロピット
発生原因が不明な鈍角三角形欠陥の頂角部をSEMの高分解能像で観察すると、図2(a)に示すような小さなマイクロスケールの穴が観察されます。これをマイクロピットと呼んでいます。このマイクロピットは通常光学顕微鏡では明確に観察することは困難です。また図2(b)のようにこれらのマイクロピットが閉塞しているところがSEMで観察されることもあります。 図2(c)はこれらのマイクロピットの断面TEM像です。ピットの底には異物が観察され、EDSによる分析ではエピ炉内部で利用されている耐熱材料の破片であることが分かります。
エピ層成長炉の中で昇温中の熱衝撃により耐熱材表面が剥離し、エピ層成長中に埋め込まれたものであると考えられます。これらのマイクロピットの形成を抑えるためには、昇温降温過程の精査が必要ですが、耐熱炉壁材の検討も必要だと考えられています。この炉内部の耐熱材の破片と4H-SiCのエピ層が接する部分をSEMで観察すると、僅かに隙間が空いています。このことは、この物質と4H-SiCの界面エネルギーが大きいので、界面を形成することなく、互いにそれぞれが表面を持っていることを示していると考えられます。X線トポグラフで観察すると、このマイクロピットの周りでは結晶格子の歪に由来するコントラストは観察されず、ほぼ無歪の状態であることが分かります。また、X線トポグラフではコントラストの面積が小さいのでマイクロピットの存在をX線トポグラフから検出するには注意を要します。マイクロピットの周りには格子歪が無いので、エピ層成長が進むとピットが閉塞し表面からは存在が観察されなくなりますが、巨大な表面モフォロジーの欠陥”鈍角三角形欠陥”はそのまま残ります。
マイクロパイプ
マイクロパイプのSEMによる観察像を図3に示します。低倍と高倍の観察像を示します。マイクロパイプは昔からよく知られている欠陥で、これは4H-SiCの基板のおおもとの単結晶に最初から導入されていると考えられています。SEMで見るとマイクロパイプとマイクロピットとはほぼ同じサイズですが、マイクロパイプは表面終端部が大きく開いていて目立ちます。マイクロパイプは複数の貫通らせん転位と複数の貫通刃状転位が集合して形成されていると考えられています。マイクロパイプの周辺には巨大な格子歪が存在しています。X線トポグラフなどではマイクロパイプの周囲には結晶格子歪が大きく広がっています。X線トポグラフ像では大変目立つ存在です。マイクロピットは周囲に格子歪がほとんど存在していないので、マイクロパイプとは全く異なるコントラストを示し、マイクロパイプとマイクロピットは全く別ものであることが分かります。マイクロパイプの周りには巨大な歪が存在しているのでエピ層成長中に通常は閉塞しませんが、結晶成長中や、エピ層成長中に何らかの刺激を与えると、マイクロパイプは閉塞し、多数の貫通らせん転位や貫通刃状転位に分解することがあることが報告されています。マイクロパイプをエピ層成長によって閉塞させる実験などが行われたことがありますが、多数の転位をばらまくのであれば、閉塞しても閉塞の意味がないように思います。
近年マイクロパイプの密度は低下しています。エピウエハ1枚中にわずか存在しているのみです。4H-SiCの単結晶作製時の配慮と、ウエハを切り出す際に配慮することでマイクロパイプの密度を下げていると思われます。
つづく。