10.まとめ
以上、本連載では厳密な学術的検討はさておき、半導体テクノロジーの進展に沿って活用されてきた半導体結晶の特徴を、対称性や積層構造の観点から眺め直してみた。半導体テクノロジーの中では、図4-9に示すように元素半導体→1:1合物半導体→2:3化合物半導体、また立方晶→六方晶→三方晶→という大まかな流れが見て取れる。半導体結晶の結晶構造の観点からこの流れを振り返ると、必要性に動かされたとは言え、やはりより複雑な結晶構造の半導体材料に進んでいるのは間違いない。その”複雑性”の一側面が本記事で取り上げた”結晶の対称性”に現れていると思われ、対称性の良し悪しが工学的な意味での結晶の品質(結晶欠陥の有無)に影響していると感じられる。
結晶の対称性が、数学的にはその結晶構造が属する空間群や結晶点群で特徴付けられる事は本連載記事で述べてきた通りである。数ある結晶構造の中で、本記事で取り上げた構造は、FCC、HCP、ダイヤモンド構造、閃亜鉛鉱型構造、ウルツ型構造、コランダム構造等であるが、最後にそれらの構造の点群対称性のヒエラルヒーを対称操作の数と共に図4-10に示す。数学的な言葉で言えば、”部分群”と”超群”の関係を示している。同様な関係は空間群についても一部成り立つようである(一部は成り立たない)が、より複雑で筆者の理解を超えているので本記事では触れないことにする。いずれにしても下位に行くに従って対称操作が順次失われていく状況であり、初回に述べたようにユニットセルが結晶中に取り込まれる事が可能な同じ姿勢をどんどん取りにくくなって行くことを意味しているのであろう。
半導体テクノロジーとしては、半導体デバイスチップの性能を実証して初めて価値が生まれるわけであるが、半導体デバイスチップの性能を追求する余り、それなりの結晶品質(デバイス性能として初期性能は出せるが信頼性等に関しては今ひとつか)が実現された後は、より高い品質を実現する半導体結晶技術への要求、開発意欲や開発努力が若干置き去りにされているように感じられる。昨今、半導体テクノロジーへの要求が高まり、デバイスチップの仕様もますます高度化すると予想されるが、先に述べた歴史的経緯からもより複雑な半導体結晶が新たに求められることになろう。複雑な構造の結晶を作るのにはより多くの困難が伴うのは当然である。結晶の結晶たる所以は並進対称性にある。本連載の中でもいくつか実例を紹介したが、結晶成長中に欠陥発生なく並進対称性を維持するにはそれなりのドライビングフォースが必要となるはずである。そのドライビングフォースを働かせるメカニズムを見つけ出し、それを制御しなければならないが、そのためには結晶工学の知見と経験を通してしか開発できないより洗練された高度なテクニックが必須であり、それらを通して初めて、要求される半導体結晶の品質を大きく向上させることができる。今後、結晶工学の役割はますます重要となるであろう。まさに、当該分野の人材の出番である。
参考文献
- N. Kuroda, K. Shibahara, W. Yoo, S. Nishino, H. Matsunami: Extend. Abstr. 19th Conf. Solid State Devices and Materials, pp.227-230 (Tokyo, 1987)
- 例えば、嘉数 誠, 日本結晶成長学会誌, Vol. 44, No. 4, pp.1-9 (2017).
(完)奥村 元
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