はじめに
4H-SiCでMOSFETを作製して、on-off動作を繰り返すと、on抵抗が増大する現象、”特性劣化”が発生することがあります。特性劣化を起こしたデバイスを放射光トポグラフ法や、顕微PL法で観察すると、REDG効果により大面積のショックレー型積層欠陥が多数成長していることが観察されます。この連載は、REDG効果により成長するショックレー型積層欠陥の形状は、あるルールに従っていますということを考察しています。このルールを理解すると、成長する積層欠陥の大元の基底面転位がどういう素性の転位で、どういう理由でMOSFETのn–ドリフト層に導入されたものかが解析できる可能性があります。
この考察を進めるために、4H-SiC-MOSFETの内部で転位組織がどうなっているかを整理します。いろいろなメーカーのエピ層付きの4H-SiCウエハを購入し、放射光X線トポグラフ法などで観察すると、エピ層中の転位組織を観察することができて、ウエハメーカー各社の転位組織の特徴を確認することができます。ウエハメーカー各社の転位組織はそれぞれ特徴があるのですが、ここでは4H-SiCウエハ各社にある程度共通している転位組織を述べます。
ショックレー型積層欠陥が成長する場所はMOSFET のn–ドリフト層部分です。n–ドリフト層はエピ層成長によって作られています。そして、n–ドリフト層部分の転位組織の話をする前に、デバイスプロセスに伴うウエハの変形について説明します。ウエハの変形の話は、エピ層部への基底面転位の導入の原因の一つにもなっているからです。ウエハの変形の話の後、n–ドリフト層部分の転位組織がどうなっているかについて整理します。
4H-SiCのウエハ
4H-SiCのウエハの形状を図6-1に示します。ウエハは円形状ですが、ウエハの縁に[1100]方向を示す少し長い平坦部、第1オリエンテーションフラットが加工されています。また、[1120]方向を示す少し短い平坦部、第2オリエンテーションフラットが加工されています。この形状により、ウエハのどちらの表面がSi面で、どちらの面がC面かがわかります。Si 面とは4H-SiCの結晶構造がSi原子層で終端している面です。室温大気圧では、薄いSiO2の層がウエハ表面を覆っていると考えられています。また[0001]方向はウエハ表面の垂直方向より数度、第2オリエンテーションフラット側に傾いた方位で切り出されています。現在の標準的なウエハは4度傾いています。4度傾いているのでSi 面はステップテラス構造を伴っていると考えられます。このように4度傾いた方位で切り出されている理由は、4H-SiCのエピ層をステップフローモードによって成長させるためです。ステップフローの方向は[1120]方向です。このことより分かることは、[1120]はすでに特別な方位として固定されていて、[2110]や[1210]とは等価な方位ではなくなってしまっています。これは、他のメジャーな半導体ウエハーにはない4H-SiCウエハーの特徴です。そして4H-SiCのウエハの結晶方位は全て一意的に固定されています。これらはSEMI規格(Semiconductor Equipment and Materials International Standard)によって定められています。大学などで格子欠陥などに興味を持っている研究者にとっては、“なぜ[1120]方位を特別視するのか? [2110]や[1210]方向と等価だろ?”と疑問持つ人もいるようです。ステップフローモードによってエピ層を成長させるという4H-SiC独特の理由により結晶方位が固定されています。4H-SiCのウエハの形状と結晶方位の関係を少し説明しました。
4H-SiCのウエハの変形
4H-SiCのウエハの変形について説明します。4H-SiCウエハをエピ層成長炉に入れ、エピ層成長可能な温度まで昇温し何もせずに降温してウエハの形状を調べると、一般的にウエハは微妙に塑性変形しています。変形の程度は昇温速度、降温速度、設定温度にも依存します。昇温速度を速めると変形は大きくなります。ちなみに、Siウエハの場合はほぼ無転位であることと、SiCのようには高い温度まで昇温しないので、Siウエハはほぼ変形しないと考えられています。
円柱状4H-SiC単結晶からウエハを切り出す際に、複数枚のウエハを一度に切り出すことが一般的です。おおげさな表現をすると、この時に”そった”形状で切り出されていると考えられています。円柱状単結晶の端面に近いウエハほど微小な“そり”は大きくなると推察されます。最初から各ウエハの“そり”には個体差が発生しています。大げさに表現するとカールした形状で切り出されています。その後のウエハ表面の加工研磨で“そり”は完全には取り切れず、微妙な“弾性変形によるそり”が残存しています。微妙な“そり”が付いているウエハをエピ層成長炉に導入すると、ウエハ裏面全面は熱源と均一には接触していないと考えられています。
昇温初期ではウエハ裏面は個体差による複雑な形状による不均一な熱源との接触により、複雑な温度分布を持つと推察されていますが、昇温過程で、複雑な温度分布に起因する不均一な熱膨張によりウエハは変形し、次第にお椀状の形状、に向かって変形していくものと推察されています。
微妙にお椀状に変形したウエハの中心付近の裏面は熱源に接触し、ウエハの周辺部、つまり外周部の裏面は熱源からはごくわずかですが離れていて、ウエハの中心部とウエハの外周部で温度差が生じています。温度差に起因する不均一な熱膨張によりウエハはさらにお椀形状に向かって変形すると考えられます。昇温過程での、ウエハ中心と外周部の温度の不均一とウエハの形状変化は、正帰還の関係があると推察されます。エピ層成長温度に到達しても、ウエハは微妙にお椀形状に変形しています。降温しても塑性変形成分は完全には元には戻りません。これらのウエハの塑性変形はウエハの半径が大きいほど強くなると考えられます。また、ウエハ裏面が理想平坦状態で、熱源と理想的な接触状態でも、昇温時のウエハ裏面の熱膨張により、お椀状に変形すると推察されます。
温度差に起因する基板の微妙なウエハの変形ににより、エピ層も塑性変形を起こし、エピ層中に塑性変形に対応した転位組織を形成します。これらをSiCパワーエレクトロニクス業界では界面転位と呼んでいます。界面転位と呼んでいますが、必ずしもエピ層と基板の界面近傍にのみ存在しているわけではありません。エピ層のいろいろな深さで発生します。後に述べますが、主にウエハの半径の半分の領域で、L 字状や逆L字状の形状の界面転位が現れます。高耐圧用のデバイスの場合、エピ層部は厚くなり、塑性変形に伴うエピ層部の界面転位の密度は高くなることが推察されます。ウエハメーカー各社は非公開技術により、これらの界面転位の抑制に努めていると考えられます。
SiC-MOSFETのn–ドリフト層部の転位組織
連載のこの回と次の回でSiC-MOSFETのn–ドリフト層部、つまりエピ層部での転位組織にはどのようものがあるかについて整理しようとしています。基本的に、デバイスプロセス中に行われる、昇温、降温過程、高温での各種プロセスでエピ層部に基底面転位は導入される可能性はあります。また室温のプロセス中に意図せず応力が負荷されてしまう場合もSiコア部分転位やショックレー型積層欠陥は導入される可能性はあります。n–ドリフト層部に基底面転位組織が導入されると考えられる原因を以下に整理します。
(A) エピ層成長に伴う基底面転位から貫通刃状転位への変換部分に残存する短い基底面転位。つまりn–ドリフト層の下側から侵入している基底面転位。
(B) エピ層中に存在することがあるb=1/3[1120]のL字または逆L字状の界面転位組織。
(C) エピ層成長中にばら撒かれたU字状のb=1/3[1120]の多量の転位。
(D) エピ層中に発生した貫通刃状転位の折れ曲がり。n–ドリフト層内部での基底面転位の発生。
(E) p層形成時のイオン注入、活性化アニール後に残存する可能性のある格子欠陥のn–ドリフト層の上からの基底面転位の侵入。酸化膜形成時による酸化膜界面からの基底面転位の張り出し。ボンディングなどのチップ実装プロセス時の応力負荷によるn–ドリフト層へ上からの基底面転位の導入の可能性。
(F) ダイシングなどの加工工程での基底面部分転位のn–ドリフト層側面からの導入の可能性。あるいはトレンチMOS構造などで、n–ドリフト層の側面のSiO2/SiC(1100)界面から導入されるかもしれない基底面転位。
などです。これらは、実際に観察されるものと、また単に推察されるものもリスト化しています。他にも色々と基底面転位のn–ドリフト層部への導入の原因となりうるものは存在しているかもしれません。可能性を考えると際限なく広がっていくように思われますので、上記の(A)から(F)の基底面転位の導入に制限して、連載のこの回と次の回で、これらの基底面転位組織について考察します。
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