はじめに
「SiC待ったなし、EV大競争で需要爆発」との多少煽り気味の見出しが付けられた日経エレクトロニクス誌2022年9月号では、車載用のSiCインバーターの大量生産時代到来の予測について特集されています。2010年代に地下鉄、私鉄、JR車両に導入されはじめたSiCにとって、いよいよ本格的商業展開する時代がやってくるのかもしれません。
2005年から2015年までの10年間、私は放射光X線トポグラフ法を用いてSiCのウエハ、エピ層、パワーデバイス中の格子欠陥の観察を行いました。4H-SiCのウエハ、エピ層、デバイス中には転位や積層欠陥が含まれており、これらの格子欠陥が、エピ層成長中にどう変化するのか、デバイスプロセス中にどう変化するのか、作製されたパワーデバイスの動作にどういう影響を与えるかは、この頃はまだよく理解されていませんでした。放射光X線トポグラフ法ではウエハ中、エピタキシー層中、パワーデバイス中の転位を容易に観察することができるので、SiC単結晶作成技術、結晶研磨技術、エピタキシー層成長技術、デバイスプロセス技術の各研究者とともに、放射光X線トポグラフ法を用いてさまざまな調査を行いました。幸いなことにこの方法は威力を発揮し、色々と新しい知見を得ることができ、SiCテクノロジーの研究開発に寄与することができたと思います。この時に得られた知識については、以前、パワーデバイスへの転位の影響や、ウエハ、エピ層への転位の影響についての記事として、このコラム・解説記事として書いています。パワーデバイスの各種プロセスの分野での放射光X線トポグラフ法のいくつかの概括的成果については過去の記事に書いていますので、興味がある方は過去記事をご覧ください。
現在では、エピ層成長技術の向上、各種パワーデバイスの改良や対策などが行われ、転位のパワーデバイスへの影響などは低減され、放射光X線トポグラフ法の出番や、重要性は過去と比較すると少なくなってきたように思います。しかしながら、現在もSiC単結晶作製技術やウエハプロセスの改良など威力を発揮しています。このコラムで、我々が行ってきた放射光X線トポグラフ法についての簡単な解説文を書くことにしました。この記事は、結晶性材料中に存在することがある転位や積層欠陥などの格子欠陥評価に興味を持っている研究者を対象にしています。我々が行っていたトポグラフ法は、ベルク・バレット法と呼ばれている観察方法です。
ベルク・バレット法自体は古くからある手法で、この文章は実験方法そのものについての解説はありません。放射光を用いたベルク・バレット法は、実験室での実験結果とは多少異なる像コントラストを示します。この像コントラストをどう理解し、それをどう利用するかについて記述します。つまり放射光を用いたベルク・バレット像をいかに読み解くかについて、少し踏み込んだ内容をなるべく簡単に説明したいと思います。放射光を用いたベルク・バレット法は、世界的に見て限られたグループのみが行っているので、この手法で観察される像の読み解き方は、残念ながら教科書的な記述がありません。他の別の新しい結晶性材料が本格的に産業応用の段階に入ってきて、格子欠陥が問題となった時に、格子欠陥の様子を調べることが必要になるかもしれません。放射光ベルク・バレットX線トポグラフ法を利用することも考えらます。材料が変われば、利用する反射が変わるかもしれませんし、利用可能なX線の波長が変わり、観察されるもの、観察されるコントラストのつき方が異なるかもしれません。解析のマニュアルのようなものを書いても意味がないかもしれません。しかし、解析を行う際の像の読み解き方、論理の進め方の手口は、別の材料でも適応可能だと思われます。
過去数年間のうちに、散発的ではありますがいく人かの研究者から放射光ベルク・バレットX線トポグラフ法についてのいくつかの質問を受けました。質問や疑問についての考察も含め、なるべく簡単な話として書いておきたいと思います。この解説記事は複数回の連載で行います。最初に4H-SiCテクノロジーで利用されてきた各種の格子欠陥解析法の比較について紹介します。その後、4H-SiC結晶中に含まれている転位がどういうものかの簡単な説明をし、4H-SiC結晶中に存在する転位の簡単な分類を記述します。その後に、放射光ベルク・バレットX線トポグラフ像で各種の転位がどのように観察されるかについて説明します。その後、積層欠陥の像コントラストについて説明します。最後に、転位組織の観察結果からどのように有益な情報を得たのかの例を示したいと思います。