地球温暖化対策で、再生可能エネルギーを大量導入して、ゼロエミッションを実現するロードマップが描かれている。必要な再生可能エネルギーを確保するだけでも困難な課題だが、話はそれだけでは済まない。落とし穴がある。再生可能エネルギーの代表格である太陽光発電や風力発電は、文字通りお天気任せ風任せで、発電電力が安定しないのだ。
電力系統では、瞬時瞬時の発電電力と消費電力が釣り合わないと、系統全体の電圧や周波数が大きく変動し、最悪ブラックアウト(送配電会社全管内に及ぶ大規模停電)に至る恐れがある。
伝統的な電力系統は、少数の電力供給者(例えば東京電力)と多数の電力需要者(個々の家庭、企業)で構成されている。総消費電力をコントロールするのは困難なので、電力供給者が、天気予報や予想される社会活動から翌日の消費電力を予測して1日の発電所運転計画を立てる。当日は、電力供給者が系統の周波数を常時監視して、消費電力と釣り合うように傘下の発電所の発電電力を調整している。
現在、専ら発電電力の調整を担うのが火力発電所だ。焚く燃料の量を調整すれば比較的短時間に発電電力を大きく変えられる。原子力発電所は、同じ熱機関だが、一定出力で運転される。最も安価な電源を常時フル出力で運転したいのと、出力変動による熱ストレスで原子炉劣化が想定以上に進むのを恐れるからだ。最も容易かつ短時間で出力調整できるのは、落とす水量を「蛇口」で調整するダム式水力発電所だ。残念ながら、国内の有用な建設可能箇所はほぼ開発し尽くされた。
そんな既存の電力系統に、発電電力が安定しない太陽光発電や風力発電をどんどん導入し、電力調整を担っていた火力発電を退場させよう、と言うのがゼロエミッションへの道なのだ。電力の需給バランスを取るために必要な電力を「調整力」と呼ぶ。再生可能エネルギーの導入と同時に調整力を確保して、需給のバランスを維持することがゼロエミッション実現のために避けて通れない課題である。
この課題をどう解決するか。今までは手付かずだった電力消費側を、ITC技術を駆使して、発電電力の変動に見合うようミクロに調整するのもDX時代の方法だろう。例えば、車庫で休んでいる電気自動車をネットから制御して、そのリチウムイオン電池を電力需給調整に利用することが考えられている。眠っている高価なリチウムイオン電池を調整力に有効活用する美味しい構想ではあるが、多数のステークホルダーが関わる分散型蓄電システムとなり、技術面だけでなく、誰がどうコストを負担するかといった社会面からの調整にも時間がかかると思われる。
即効性がありそうなのは、発電あるいは送配電事業者が比較的少数の大型蓄電設備を設置して、既存電力系統に新たな調整力を付加することだろう。実際、ステークホルダー間の調整力分担コスト最適化を目指す「電力需給調整力取引所」が2021年4月に開設され、どう運用したら調整力確保に有効か試行錯誤が始まっている。
蓄電設備それ自体はエネルギーを生み出すものではないので、可能な限り低い蓄電コストが求められる。お馴染みのリチウム電池を考えてみよう。休んでいる電気自動車のリチウム電池を使用する例では、車所有者が、車本来の付加価値の対価の一部として電池費用を支払い済みで、遊休時に蓄電設備として車を提供したときに追加負担するコストは、蓄電利用に伴う電池の追加劣化分だけだ。それを上回る蓄電報酬があれば喜んで車を提供するだろう。一方、蓄電専用設備では付加価値が調整力しかなく、高価な電池設備償却費用がコストに加わり、調整力提供費用が高くついてしまう。
どんな技術なら蓄電設備に使えそうか考えてみよう。2022年8月4日の日経新聞に、低コストが期待されるちょっと風変わりな蓄電技術が紹介されていた。
興味深かったのが、ベンチャー企業が開発中の重力蓄電だ。
重力蓄電とは、蓄電時に、モーターを回してクレーンに吊した錘を重力に抗って持ち上げる。つまり、電気エネルギーを運動エネルギーに変換し位置エネルギーとして蓄える。発電時は、重力で錘が降りる力でモーターを回して発電する。つまり、位置エネルギーから電気エネルギーへの逆方向変換になる。それぞれの変換は、理想的にはエネルギー保存が成り立つ可逆過程だから、充放電どちらも100%近い変換効率が期待できる。
一見目新しい技術のようだが、既に重力蓄電所は存在する。揚水発電所が重力を利用した蓄電設備だ。東日本大地震以前は、電力需要が少ない夜間に余る原子力電力で水を汲み上げ、電力需要が増える昼間に水を落として、原子力発電所のフル稼働と火力発電所の燃料節約に資していた。多くの原発が休止している現在は、晴天の昼間に余ってしまう太陽光電力を吸収し、日がかげる朝夕に放出する運転を行ない、再生可能エネルギーの導入を支える主力蓄電設備となっている。2022年1月6日、関東で予報外の大雪が降った日、計画していた太陽光電力が無くなった上に寒さで暖房電力需要が急増した。このピンチを支えたのも揚水発電所だった。この日1日で東京電力管内の揚水発電所がほぼ空っぽになり、もしも翌7日も天気が悪かったら電力不足で停電に至っていたとされる。あってよかった揚水発電所。スポットライトを浴びることはないがいつの時代でも頼りになる裏方である。
世の中にたえて原発のなかりせば冬の頼みの揚水あらざらまし 〜 在原業平って、原子力の業(ごう)在りて世は平らか、と訓み下せるなあ
閑話休題。位置エネルギーは錘の質量と落差の積に比例する。同じ落差で、水よりも密度の大きな錘を使えば、蓄積エネルギー密度を揚水発電所よりも大きくできる。とはいえ、好立地の揚水発電所なら数100mの落差が実現できるが、重力蓄電所のために東京スカイツリー並みの高さの頑丈なクレーンを建てるわけにもいくまい。
既存の施設を利用して低コストで高落差の重力蓄電ができないかと考えた。筑波山のケーブルカーなら高低差が495mある。片方の車両に錘を乗せて上下させればよい。とは言え、太陽光発電力が余る5月連休の晴天時にケーブルカーを持ち上げて、夕方までそのまま止めておいたら観光軌道の商売にならない。廃止されたケーブルカーのように使われていない設備はどこかにないか?
廃坑になった炭鉱の竪穴を利用した重力落下実験施設があったことを思い出した。
北海道上砂川町にあった地下無重力実験センターだ。立坑の中でカプセルを落として、宇宙に行かずとも、地上で10秒ほどの無重力実験ができる超ハイテク研究設備だったが、2003年に閉鎖された。解説記事によると、穴の深さは710mあり、国内最大落差の葛野川揚水発電所とほぼ同じ。落下シャフトが整備されているので、錘と大型ウインチを据え付ければすぐにでも蓄電に使えそうだ。今は廃墟ツアーの観光スポットになっていると聞くが、せっかく巨費を投じて作ったのだから、有効活用したい。
「上砂川重力蓄電所」は使える蓄電所になるだろうか? どれくらいの容量の蓄電設備になるのか、蓄積電力量をざっくりと推定してみよう。
引用資料による落下シャフトの仕様は、
- 縦坑深さ: 700 m
- 付帯設備除く深さ: 600 m
- 縦坑シャフト径: 6 m (*1)
蓄積可能最大電力量を求める (*4)、
- E = mgh
- = 1.9X107 X 9.8 X 300 (J)
- = 5.5X1010 (J)
- = 1.5X104 (kWh)
発電電力を考える。発電電力 (kW) と蓄積電力量 (kWh) を独立に決められるのが重力蓄電の特徴のひとつ。補完する発電所の特性に合わせて、錘を上下する速さを変えれば、発電電力を自在に設計できる。
【太陽光発電所の一日の発電変動を補完】晴天昼間に蓄電し15時から20時に発電運転すると設計すると、15000 kWhを5時間で放電するので、出力 3 MWになる。10 MW程度の太陽光発電所を補完できるだろう。
【火力発電所が出力調整するまでの短時間の補完】大型発電所の事故など、急激な需給変動の際、残っている火力発電所が燃料を調整して出力調整するまでの繋ぎとして、30分 (0.5h) (*5) で充放電運転すると設計すると、30 MW。中堅火力発電所出力の10%程度になる。重力電力の立ち上がりは揚水発電所並みに早いので、分単位の電力調整力市場で有力なプレーヤーになる。
「上砂川重力蓄電所」はなかなかの潜在能力を持つと言えないか。立坑を利用した重力発電を実用に足る蓄電技術と見るかどうか、まだまだ別の視点からの検討が必要だろうし、さまざま異論もあるだろう。とは言え、日本には廃坑が数百箇所はあるとされる。神岡鉱山がスーパーカミオカンデに転用された例もあるが、ほとんどは放置されている。眠っている廃坑を重力蓄電所に活用することを考えてみてはどうだろう。そこには深い竪穴が既に準備されているのだから。
追記 (12/19): 廃坑を使った重力蓄電プロジェクトが海外にありました
(坂本邦博、松畑洋文)
*1 引用資料に記載無いが、カプセル直径が1.8 m、全体図からシャフト径はカプセルの約3倍と推定。
*2 縦坑深さ: H, 錘の全長: h, とすると有効落差は H-h 。錘の質量はhに比例。ワイヤー質量を無視すると、h = H/2のとき蓄積位置エネルギーが最大になる。
*3 鉄 (7.9 g/cm3) の錘を複数つないで 300 m にした構造とし、平均密度 ρ (5 g/cm3) と仮定。
*4 錘を1/10に縮めて長さ30 mとすると、蓄積エネルギーは約1/5になる。
*5 300m 30分の昇降速さは分速10m、人が階段を昇るくらいの速さ。
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