半導体結晶の結晶構造を吟味する時、頻繁に登場する概念が面心立方(FCC)構造と六方最密(HCP)構造である。先にアップした“対称性から観た半導体結晶成長の進展”の記事の中でも紹介したように、立方晶結晶はFCC構造、六方晶結晶ではHCP構造が基本となっている。この二種の構造は、同じ構造を持つ原子層の積層順が異なるだけの並立する同類の構造のように見えるが、実はそうではない。先の記事の執筆中にも、特にHCP構造の捉え方に大きな立場の違いがあることに気付かされた。そこで本記事では、共に最密充填層の積層構造であるこの二種の構造の違い、特にユニットセルの設定の仕方に関して、世の中の教科書では余り触れられていない視点も含めて改めて比較してみたい。
「結晶」とは、決まった”単位構造”が空間的に規則正しく繰り返し配置された固体を意味するが、その結晶構造を表現する際、多くの結晶学の教科書は”格子”と”基本要素”から説明する。ここで”基本要素”とは、実際に結晶中に存在する原子やイオンの集団であり、並進対称性の観点からその繰り返される単位に対して定義される。即ち、実際に存在する実体に対して定義されるものである。一方、”格子”は結晶を体系的に表現するために導入された仮想的な点(格子点)の集合であり、実際の結晶中に存在している実体ではない。”格子”の繰り返し単位は格子点を頂点とする平行六面体(ユニットセルと呼ばれる)で表されるが、この平行六面体も実体としては存在していない。”格子”とは我々が存在している3次元空間における位置を表現するために導入された座標(軸)の様なものと言える。そのため、実際の結晶においては「これがこの結晶の格子である。」という風に絶対的に言い切れるものではなく、その設定の仕方にはある種の任意性が残ることになる。用語の定義からしても、設定の仕方が実は無数に存在する代物なのである。そして、結晶中における原子配列の繰り返し単位である”基本要素”と”格子”の繰り返し単位である”ユニットセル”が合わさって結晶の”単位構造”が定義されることになる。従って、単位構造の具体的属性(構成原子の位置情報など)も、ユニットセルの設定の仕方に依存することになる。

さて、FCC構造とHCP構造の原子配列を2次元最密充填層の積層構造として表現したものを図1(a), (b)に示す。結晶系としてはFCC構造は立方晶系、HCP構造は六方晶系である。もとになる2次元最密充填層を図2に示すが、その面内対称性から両者とも図1では六方格子の六角柱を基本にした表現となる事にご注意いただきたい。紙面に垂直にAサイト-Bサイト-Cサイト- Aサイト-…の3層の繰り返しで積層したものがFCC構造、Aサイト-Bサイト- Aサイト-…の2層の繰り返しで積層したものがHCP構造であることはよく知られている。共に最近接配位数が12の3次元最密充填構造(充填率74.05%)であり、前者は立方最密構造とも称せられる。それぞれのユニットセルの表現の中で、最も広く知られているのが紺太線で描かれた”Bravais格子”(FCC構造では立体対角線が六角柱の軸方向となる立方体、HCP構造では六角柱の1/3)である。このようなユニットセルを採用する理由はユニットセルの対称性をできるだけ高めるようにするためである。ただこれらのユニットセル表現は、先に述べたように唯一無二のものではなく、実はそれを平行移動した平行六面体(一例を図3に示す)を用いても結晶の”単位構造”を同様に矛盾無しに定義できる。一方で、結晶の”単位構造”を構成する”基本要素“はユニットセルが決まれば一意的に明確に定義でき、FCC構造では4原子(図4の立方体頂点の黒1個、面心位置の赤、青、緑各1個)、HCP構造では2原子(図3の薄桃色原子)から構成される。


ここでFCC構造とHCP構造のユニットセルをもう少し詳しく見てみよう。まずFCC構造に関して、図1(a)のユニットセルは複合格子である。図4のように”基本要素”として原子1個を含む単純立方格子4個(シフト量が、(0, 0, 0)、(1/2, 1/2, 0)、(1/2, 0, 1/2)、(0, 1/2, 1/2)の4種)に分解できる。その基本ユニットセル(最小のユニットセルであり、格子点を一個しか含まない)は、対称性は劣るが先の単純立方格子のシフト量を基本並進ベクトルとする単純菱面格子(三方晶単純格子)となる(図5(a)参照)。またこの菱面格子は、六角柱で表現される六方格子の設定において、ユニットセルとして原子3個を含む図5(b)のような表現(”菱面六方格子”と呼ばれることもあるがBravais格子ではない)に再構成することも可能であり、このユニットセル3個で図1(a)の積層構造を表す六角柱を最も分かり易く表現できる。
一方、図1(b)のHCP構造のユニットセルは、原子2個を含む1個の単純六方格子(2個の原子の位置を共に格子点と定義することはできない)、かつ基本ユニットセルであって当然それ以上分解することはできない。またユニットセルの対称性とは異なり、原子2個からなる基本要素自体が部分的並進操作を伴う対称要素(らせん、及び映進のことで、これらを非共型対称要素と称する)を持っている。このようなHCP構造の状況はFCC構造とは大きく異なる。群論的な言い方では、前者は非共型空間群、後者は共型空間群と分類されている。
図1(a), (b)のユニットセル表現の特徴は、各格子点には必ず原子が配置されている(逆に言えば、原子の位置に優先的に格子点を設定する)ことであり、歴史的に構造化学の立場から結晶中の原子配置を重視した表現と言えよう。この表現において、FCC構造では原子の位置は必ず格子点になるが、HCP構造に関してはユニットセル中の第2の原子の位置は格子点ではない。更に、ユニットセルと”基本要素”の間で対称要素の位置が異なっており、結晶の”単位構造”自体の対称性はFCC構造に比べてかなり悪いと言わざるを得ない。
バンド計算等を含む固体物理学の立場では、対象とする系の空間的対称性が系の特性を解析する上で重要な意味を持つことが多い。そこで結晶に関する空間群の考え方に立脚して、HCP構造に対しては”単位構造”の対称性を高くするためにユニットセルがしばしば図6(b)の様に設定される(現時点の国際結晶学会策定の指針に基づく)。ここで重要なポイントは、2原子からなる実体としての”基本要素”の対称要素(反転中心、回映軸、鏡映面、映進面など)の多くが関与する点の位置が、ユニットセルの中心(立体対角線の交点)や格子点であるユニットセルの頂点(即ち、三つの並進ベクトルの原点)になっていることである。特にHCP構造の非共型対称要素としてのc映進(グライド)は、HCP構造の積層方向に沿った対称性を大きく特徴付けており、その映進面がHCP六方格子をそのユニットセルの4頂点を含んで2分する状況になる。また、ユニットセルの頂点や中心に反転中心が位置することになる。言い方を変えれば、原子そのものではなく、”基本要素”の対称要素をベースにしてユニットセルが設定されていることを意味する。この様にすると原子配列全体の特徴は一見分かりにくくなるが、ユニットセルと”基本要素”の対称要素の位置が重なる事によって”単位構造”の対称性が高まり、種々の解析が容易になるという利点が得られる。

因みにFCC構造に対しても最密充填層の積層構造を表現しやすい六角柱での表示で同様に対称性を重視しようとした場合、FCC構造の積層方向に沿った対称性を特徴付ける対称要素は3回らせん軸3qとなる。このらせん軸は近接するAサイト、Bサイト、Cサイトが形作る正三角形の重心に位置している。図7にFCC構造とHCP構造の積層方向に沿った原子の投影図を示すが、面内では同じ2次元最密充填構造として6回回転対称であるのに対して、積層方向の対称性(2次元最密充填構造を一層分だけ積層方向にシフトさせた時、面内でどのような対称操作を施せばシフト先の層の原子位置と一致するか)はそれぞれ3回らせん軸、c映進面で特徴付けられることが見て取れる。この視点は結局のところ、Aサイト-Bサイト-Cサイト- Aサイト-、Aサイト-Bサイト-Aサイト-という積層の仕方を対称要素を用いて表現したものであり、これらの対象要素をユニットセルの中心に配置する事で”単位構造”の対称性が高められる。実際にこれらの対象要素を中心に位置する様に設定したユニットセルを図7中に橙色太線で示す。もっとも、FCC構造の場合には、HCP構造にならって3回らせん軸をユニットセルの中心に置くよりも、元々対称性の高い複合格子で各格子点に原子が存在する面心立方格子そのものを”単位構造”にする方が対称性もより高く、簡便であろう。

以上、実体としての原子配置を重視する立場と、仮想的な格子を含めた結晶の”単位構造”の対称要素を重視する立場に立ったユニットセルの設定の仕方を紹介し、最密充填層の積層構造としてのFCC構造とHCP構造の違いを解説した。まとめとしてこの両者の違いを表1に示す。最密充填構造としてはほぼ等価であるが、詳細に見てみると結構大きな違いがある。特に、可能なユニットセル表現が両者で異なること、並びに各ユニットセル表現における原子位置、対称要素位置、格子点位置の関係に注目頂きたい。FCC構造やHCP構造に対して新たな視点が加わったと感じて頂ければ幸いである。

(完)奥村 元
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