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コラム 解説

対称性から観た半導体エピタキシャル結晶成長 (3)
〜 最密六方構造の半導体結晶の特徴 〜

6.HCPベースの半導体結晶(GaN, SiC等)

 半導体テクロノジーとしての半導体材料技術の進展を振り返ってみると、1990年頃まではSiやGaAs等の立方晶結晶がその主役であった。当時の認識では立方晶以外の結晶が半導体として実用化可能とは考えられなかった時代である。その常識を覆したのがGaNやSiCなどの六方晶の半導体結晶技術の進展である。

図3-5 重心に原子が位置する正四面体構造を2次元的に最密充填配置した層構造。左図は平面図。右図は鳥瞰図。

 HCPベースの半導体結晶においても、正四面体構造はFCCベースの結晶と同様に結晶を形作る基本的な構造である。重心に原子を配置した四面体構造(図3-5参照)を最密充填配置した2次元的な層がc軸方向に順々に積み重なる構造を考えた場合、中心原子の位置する最密充填サイトをAサイトとすれば、上層の原子を配置できる最密充填サイトはBないしはCサイトになる。この配置サイトをc軸方向に並べてみると、FCCベースの閃亜鉛鉱型(GaAs)の場合にはABCABC、HCPベースのウルツ鉱型(GaN)の場合にはABABとなることはよく知られている。積層する層は図3-6に示すような最密充填配置であり、ここでは上層との間の空孔に位置する異原子を含んで1つの層と考える。六方ネットの基本ユニットセルを図中の黒実線で、格子点に位置する原子1と空孔に位置する原子2からなる要素構造を併せて示す。この図のユニットセル内平面で言うと、原子1の位置がAサイト、原子2の位置がBサイト、原子2の右上の空孔位置がCサイトに相当する。

図3-6 最密充填層内の単純六方ネットユニットセルと基本要素。原子の結合手を青線で示す。更に、原子1からは紙面奥に、原子2からは紙面手前に別の結合手が伸びている。この層構造の属する層群(p 3m1)の対称要素を左図に示す。左図で、赤三角位置をAサイトとすると紫三角位置がBサイト、原子の存在しない黒三角位置がCサイトに相当する。

 さてここで、図3-6の層を紙面に垂直なc軸方向に積み重ねてみよう。結合手方位の制約から層の平行移動が必要となるが、この第1層の上の第2層では必然的に原子1はBサイトにしか配置できない。更に第3層ではCサイトに配置される。この配列がいわゆる”ABCABC”配列、即ち閃亜鉛鉱型のものである。この状況は第1層の格子が層内で(1/3, 1/3)づつシフトして積層している状態であり、このシフトにc軸方向の1/3を加えて空間的には(1/3, 1/3, 1/3)が並進ベクトルになっていることを意味する。これは取りも直さず菱面体格子を形成している状況であり、最密充填構造に起因する3本の並進ベクトルの関係(長さが等しく、ベクトル間の角度が60˚)からその菱面体格子がFCCとなる

図3-7 要素構造を含めた2次元最密充填構造とそれを180˚回転させた構造(共に層群p 3m1に属する)の模式図。左の構造をα構造、右の構造をβ構造とする。
図3-8 要素構造を含めた2次元最密充填構造を面内で[1010]方位にシフトさせながらc軸方向に積み重ねる様子(右上がりの青矢印がZhdanov表記での正方向に相当)。閃亜鉛鉱型では、全ての層がα構造で規則正しく(1/3, 1/3)づつシフトしていくが、ウルツ鉱型では、α構造とβ構造が交互に積層する上にαβでは(1/3, 1/3)、βαでは(2/3, 2/3)((-1/3, -1/3)と等価)となっている。

 このように、最密充填層を平行移動だけを伴って積層させていてはFCCしか生成できない。ではHCPを作り上げるには何が必要であろうか。この答えは、図3-7のようなもとの最密充填層とそれを180˚回転(層がもつ3回回転軸のため、60˚, 300˚回転と言っても等価)させた構造を交互に積層させることである。図3-6右に示した基本要素を含めた最密充填層の対称操作には2回及び6回回転軸は存在せず、図3-7の2つの層構造は平行移動だけでは重ならない。即ち、第2層目ではサイト位置をずらすだけではなく、層自体を180˚回転させる必要がある。2種類の層構造がシフトしながら積層する様子を図3-8に示す。また層が180˚回転している様子は結晶の正四面体配列を<1120>方位から見てみるとよくわかる(図3-9参照)。以後、この2種の構造をα構造、β構造として区別する。α構造にしてもβ構造にしても、その上層の格子点位置を自層の原子2の位置に一意的に決めており、この事実は、積層時のサイト順と層構造が密接に関係していることを意味する。即ち、下地に対してα構造ではA→B→C→A→、β構造ではA→C→B→A→というサイト順で積層が進む。FCC(閃亜鉛鉱型)では層構造としてα構造のみから構成されてA, B, Cサイト共に1/3づつ順序よく配置される。しかし、HCP(ウルツ鉱型)ではその結晶構造を作り上げるのにα構造とβ構造を必要とし、交互に配置される。FCCを”ABCABC….”、HCPを”AB’AB’”(プライム’でβ構造を表す)とサイト順と層構造を一体的に表現するとより分かり易いが、HCPでは隣接層の間で並進対称性が失われると共にサイトと構造が1対1に対応していることになる。正四面体構造からなる層の積層で重要なポイントは、どこで層構造の転換が起こるか、そしてそれがどのくらいの頻度で起こるかであろうか。また、HCPではCサイトは空孔状態にあって、Aサイト、Bサイトとは等価でなくなっている。この状況がFCCとHCPの結晶構造としての大きな違いであろう。

図3-9 ウルツ鉱型構造と閃亜鉛鉱型構造中の正四面体構造の配置を六方格子<1120>方位から見た様子。各層の層構造と共にサイト位置も示す。


 ここで、積層によって出来上がる閃亜鉛鉱型結晶とウルツ鉱型結晶の前者の{111}面、後者の{0001}面に垂直方向から見た対称性を比べてみよう。それぞれの最密充填サイトと主な対象要素を図3-10に示す。基本となる六方格子の格子点の位置(Aサイト)には共に3回回転軸が存在している。しかし、BサイトとCサイトに関しては、両構造で大きな違いが見出される。閃亜鉛鉱型ではBサイトとCサイトにも3回回転軸があるが、ウルツ鉱型ではBサイトは3回回転軸であるが、原子が存在しないCサイトでは63の6回らせん軸となっている。また、閃亜鉛鉱型では最密充填サイトが三種類あるのに対応して3回らせん軸が三種類の最密充填サイトを取り囲むようにユニットセル内に規則正しく出現しているのに対し、ウルツ鉱型では3本の2回らせん軸がBサイトの周りにだけ出現している。このように比較すると閃亜鉛鉱型はウルツ鉱型に比べてより高い対称性をもつと言えるであろう。

図3-10 ウルツ鉱型結晶の{0001}面と閃亜鉛鉱型結晶の{111}面に垂直方向から見た原子配置と対称要素。赤枠は六方格子のユニットセル、黒丸はAサイト、赤丸はBサイト、緑丸はCサイトの原子を示す。

 このような違いを認識した上で、エピタキシャル薄膜成長の下地からの構造伝搬はどうなるか考えてみよう。共に、正四面体構造とその中での化学結合の方位が重要な役割を果たすのは今まで述べてきた通りである。図3-11に成長最表面での原子の結合状態を示すが、有機化学でもよく知られているようにsp3共有結合による正四面体同士の結合では立体障害の点から図3-11のα構造配位の方がより安定とされている。最表面層で原子2の結合手の方向が確定した状態でその上の形成過程にある層では、α構造配位がより形成されやすいと考えられる。しかし、形成中の層では原子1から上方に伸びた結合手の方位がその先の原子2の結合が未完成であるために未だ定まっておらず、最表面の原子2との間の結合を軸として容易に回転できる。これがエピタキシャル成長中にβ構造が発生するメカニズムであろう。安定性に勝るα構造によって3種ある等価な最密充填サイトに規則正しく並んだ構造が閃亜鉛鉱型構造であると言える。一方、ウルツ鉱型ではCサイトが空孔となっており、層内構造としてここに原子が特異的に入れば結晶欠陥をもたらすことになる。また、Cサイトの対称要素としての3回回転軸はその層内で原子配置の情報伝搬が完結するが、6回らせん軸ではc軸方向の並進対称性が影響を与えるため、その上下の層の情報が正確に伝搬しないと成立しない。エピタキシャル成長は下地の構造情報が伝搬する現象であるが、最表面で形成中の層に伝搬するに際してその伝搬距離が長いと当然エラーを起こす頻度が高まる。更に、形成中の層における正四面体が相互に結合して層が完成してしまうとその原子1と原子2の間の面は結晶の滑り面として知られていることから、Cサイトに原子が存在する領域は見方を変えればいわゆる”ショックレー型積層欠陥”と同じものである。このように考えると、最密充填サイトの一部が空孔で他と異なり、そこに存在する回転対称要素がらせん軸であるウルツ鉱型は、結晶成長上のある種のエラーでCサイトに原子が入り込む可能性が高いと言ってもいいのではないだろうか。

図3-11 成長最表面での化学結合の様子。形成中の層においては図中矢印で示される回転運動が起こりうる。β構造配位では結合手の方位がα構造配位に対して180˚回転している。β構造配位では層形成中の原子2のサイトが最表面層の原子1と重なるが、α構造配位では重ならない。

 ここまでは、HCP構造においてCサイトに原子が存在するケースを結晶欠陥を発生させるエラーと捉えたが、”ABAB. . . . . . .” の層配列の中にCが規則的に発生すると何が起こるであろうか。実はそれがSiCの結晶に現実に見出されている結晶多形(ポリタイプ)である。SiCの場合、代表的な結晶多形として4H, 6H, 3C(Ramsdell表記による)が知られているが、それぞれの積層構造を図3-12に示す。これらの積層構造自体は特にSiCに特有のものではなく、その比較のためにはZhdanov表記7)が便利である。3Cは(1)ないしは(∞)、2Hは(1 1)、4Hは(2 2)、6Hは(3 3)と表現されるが、c軸方向に連続したα構造の積層数が正の整数、連続したβ構造の積層数が負の整数に相当し、( )がその繰り返し単位を表している。正の整数と負の整数の境目で層構造が切り替わっている点が分かり易い。空間群としては、2H, 4H, 6Hに関して全て同一である。層構造の切り替わりの観点からは、3Cと2Hがその両極端で、ある意味で明瞭な規則性がある。3Cでは全く切り替わらず、2Hは1層ごとに切り替わっている。4Hと6Hはその中間に位置するが、切り替わりの度合いを表す”Hexagonality”(4Hで50%、6Hで33%)と称する概念も存在する。

図3-12 層構造(p 3m1)をc軸方向に周期性をもって積層させた結晶構造。3Cは”ABCABCA….”、2Hは”ABABA….”、4Hは”CACBC….”、6Hは”CABCBAC….”となる。図中2H, 4H, 6HにおいてはCサイトが他の2サイトと性格が異なる。赤線とハッチングで示された連なりは同一の{1120}面上にある。各図左の矢印はc軸長を表す。
 

 積層構造を上記の様にZhdanov表記で考えると、3Cに対して2H、4Hや6Hは成長中の積層プロセスである種の”エラー”とも考えられる層構造の切り替わりが、1層ごと、2層ごと3層ごとに周期的に起こった構造と捉えることが出来る。そして、そのc軸方向の周期性をマクロスケールの結晶全体にわたって保たせるのが、エピタキシャル成長のメカニズムであり、成長技術としては下地基板の情報が適正に成長再表面に伝搬されねばならない。しかし、c軸方向の周期が長いと下地情報の伝搬は難しくなり、その上のエピタキシャル層では正確な積層構造の再現が容易には実現しないと思われる。

 一方、層構造の切り替わりが周期的でない場合は、局所的な”積層欠陥”となる。例えば4H-SiC結晶中(Zhdanov表記で(2 2))に見出されている“シングルショックレー型”、“ダブルショックレー型”積層欠陥とはそれぞれ(3 1)(ABA’C’ →ABCB’)、(6 2) (ABA’C’ ABA’C’ → ABCABCB’A’)と表されるもので母体の4H-SiCの4層周期とうまく合致するため、結晶中のc軸方向のある特定領域に存在できる欠陥である。残念ながら、これらの積層欠陥上にある4H-SiC領域は図3-13のように、相互に積層不整の関係にあって並進対称性が失われている。

図3-13 4H-SiC中のシングルショックレー型積層欠陥(SSSF)、ダブルショックレー型積層委欠陥(DSSF)の積層の様子。上層は4H-SiCの周期的な積層構造に戻るが、原子は下地と同じサイトを取らず、相互に積層不整の関係にある。

 今回の記事では、HCPベースの結晶を対象にしてその最密充填層の積層構造からなる結晶の特徴と成り立ち方を整理してみた。次回は積層構造の違いによって結晶系が受ける影響と、その結果として発生する三方晶系の菱面体格子ベースの結晶、並びに単斜晶系の結晶について紹介し、最後に本連載のまとめとして半導体結晶成長の経緯との関連を述べてみたい。

参考文献

  1. 北野保行、電子顕微鏡, Vol.29, No.2, pp.118-123 (1994).

(続く)

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