はじめに
この解説文は、4H-SiCの順方向特性劣化現象に興味を持っている研究者を想定して書いています。この現象は特に4H-SiCの格子欠陥と密接な関係にあります。SiCパワーエレクトロニクス研究者にとっては、それなりに興味のある内容だと思われますが、細かな内容を詳細に説明しているので、煩雑な印象を受けるかもしれません。結論のみを知りたい方は、この一連の連載の最終回の”まとめ”を見ていただけるとありがたいです。
前回まで、4H-SiC結晶中の基底面転位ループの構造を整理しました。この転位ループの構造を使ってショックレー型積層欠陥がどのように成長するのかを考察します。その手始めに、連載のこの回では、簡単化したモデルとしてb=1/3[1120], b=1/3[1120]の基底面らせん転位と基底面Siコア刃状転位を取り上げ、これらの基底面転位から湧き出すショックレー型積層欠陥の形状について整理します。
簡単化した基底面転位のモデル
ここでは、今回の考察に利用する簡単な基底面転位の形態のモデルをまず想定します。
図4-1(a),(b)は、今回、考察に利用する転位の形態を示しています。転位の向きはabcdとします。ab部やcd部は貫通刃状転位で、bc部は任意の基底面、(0001)面、にのっている基底面転位部分とします。貫通刃状転位部分は、結晶成長時、エピ層成長時に結晶中に組み込まれて形成されていて、室温では動くことはありません。高温では空孔を吸収したり放出したりしながら、ゆっくりと動くことはできます。基底面転位部は、室温ではb点とc点でピンどめされています。基底面転位部はとても短い状態を想定します。このように両端を貫通刃状転位でピンどめされた基底面転位のうち、基底面らせん転位と基底面Siコア刃状転位を例に取り上げ、そこからショックレー型積層欠陥がどのように湧き出すのかを整理します。
余談的な話ですが、図4-1はフランク・リード機構とよく似た構造です。フランク・リード機構とは、この図のように両端bcがピンどめされた状態で、bc間の基底面転位は何らかの外部応力を受けると動き出し張り出してきます。また、さらに新たに基底面転位を生み出す危ない構造です。4H-SiCは摂氏1000度以上の温度では柔らかくなり昇温状態のデバイスプロセス時に何らかの外部応力が加わると、この構造から基底面転位が次々に生み出され増殖します。また、摂氏1000度以下の温度ではSiコア基底面部分転位は動き積層欠陥の面積が拡大すると考えられます。4H-SiCのウエハ中にはこのような構造が、それなりの数存在していると考えられます。
b=+1/3[1120]の基底面らせん転位の場合
図4-2は、[1120]方向を向いている4つの異なる短い基底面らせん完全転位が部分転位に分解した構造を[0001]方向から見た状態を示しています。
図4-2 (a)では、A’層またはC’層中のすべり面でのb=1/3[1120]の基底面らせん転位が部分転位に分解した構造です。この図は図2-4の転位ループのξ= [1120]の部分、つまりkl、efの部分を持って来た図です。左側にSiコア30度部分転位、右側にCコア30度部分転位が位置しています。同じ、b=1/3[1120]の基底面らせん転位でも、四面体A層またはB層中に存在するときは、図4-2 (d)で示されているように、右側にSiコア30度部分転位、左側にCコア30度部分転位が位置しています。図4-2 (d)は図3-3(b)の転位ループのξ= [1120]の部分、つまりkl、ef部分を持って来た図です。同様に、図4-2 (c)は図2-6(b)の転位ループのξ= [1120]の部分、つまりop、qr部を持って来た図です。図4-2 (b)は図3-5(b)の転位ループのξ= [1120]の部分を持って来た図です。
図4-2(a),(b),(c),(d)の4つの基底面らせん転位がMOSFETのn–ドリフト層部に存在していたと想定して、REDG効果によりSiコア30度部分転位またはSiコア150度部分転位が動き出したと想定すると、図4-3(a),(b),(c),(d)に示す4つの異なった向きを向く菱形ショックレー型積層欠陥を形成します。このような形状の積層欠陥が成長することは実験的にもよく観察されます。
図4-3はREDG効果により積層欠陥が成長した状態です。図4-3(a)を例として、この菱形のショックレー型積層欠陥の構造を説明します。b=1/3[1010]の部分転位のpq部ではバーガース・ベクトルの成分が転位の向きより右に向いているのでCコア30度部分転位です。この部分は図2-4のef部分と同じです。図4-3(a)のb=1/3[0110]の部分転位に沿って見て行きます。図4-3(a)のpr部分は、バーガース・ベクトルの成分が転位の向きより右に向いているのでCコアの転位で30度部分転位だとわかります。この部分は図2-4のjk部分と同じです。図4-3(a)のrs部分は、バーガース・ベクトルの成分が転位の向きより左に向いているのでSiコアの転位で30度部分転位だとわかります。この部分は図2-4のkl部分と同じです。図4-3(a)のst部分は、バーガース・ベクトルの成分が転位の向きより左に向いているのでやはりSiコア転位で150度部分転位です。この部分は図2-4のgh部分と同じです。図4-3(a)のtq部分は、バーガース・ベクトルが転位の向きより右に向いているのでCコア転位で150度部分転位です。この部分は図2-4のhi部分と同じです。
rs部分の破線のSiコア30度部分転位は、この転位の向きに対して垂直方向に動き、なおかつショックレー型積層欠陥の面積を増大する方向に動きます、つまり左側へ動いていきます。st部分の破線のSiコア150度部分転位もこの転位に対して垂直方向に動き、ショックレー型積層欠陥の面積を増大する方向に動きます。菱形積層欠陥は次第に大きく成長していきます。Cコア部分転位は動くことはありませんが、Siコア部分転位の動きにひきずられて延伸します。Cコア部分転位pr部とtq部は延伸します。Cコア部分転位pqは最初から不動のままです。
顕微PL法などで光を照射しながら菱形積層欠陥を観察すると、これらのSiコア30度部分転位やSiコア150度部分転位が実際に動いて積層欠陥の面積が増大しているところはin-situで観察することができます。また、走査型電子顕微鏡(SEM)の電子線誘起電流(EBIC)モードでも電子線の照射によりSiコア30度部分転位やSiコア150度部分転位が動いているところはin-situで観察することができます。この菱形のショックレー型積層欠陥prstqは、遮るものがなければMOSFETの構造のn–ドリフト層部の端までそのままREDG効果により成長し続けます。図4-3(a)の各種部分転位と積層欠陥の構造は図2-4の転位ループの構造と対比することにより理解できたと思います。
図4-3(a)を見るとSiコア刃状部分転位部sは線状ではなく尖っています。転位周囲の結晶格子の歪みエネルギーを考慮すると、この部分はエネルギー的に高い部分ではないかと推察されます。積層欠陥の成長に伴い、Siコア30度部分転位やSiコア150度部分転位の線状部分が顕在化してくるので、このこれらの部分転位は結晶格子の歪みエネルギーは低いと推察されます。一方、Siコア刃状部分転位は最も速く動いている部分と考えることができます。
4H-SiCの(1120)面は鏡映面なので、図4-3 (a)と(c)の積層欠陥の構造は鏡映反転による対称的な構造をしています。図4-3(a)と(c)の積層欠陥のもとになった基底面転位は同じ方向を向いていますが、図4-3(a)はSiコア30度部分転位からの成長の状態、図4-3(c)はSiコア150度部分転位からの成長の状態を示しています。
図2-6(a),(b)では、A‘層やC’層中のb=1/3[1120]とb=1/3[1120]の基底面転位ループの構造が互いに鏡映反転対称になるように示しています。図2-6(a)のb=1/3[0110]の転位ループのkl部分, Siコア30度部分転位から生成する菱形積層欠陥と、図2-6(b)のb=1/3[1010]の転位ループのop部分、Siコア150度部分転位から生成する菱形積層欠陥は互いに鏡映対称構造になります。同様に、図4-3 (b)と(d)の積層欠陥の構造は鏡映対称です。
図3-3 (a)と(b)の基底面転位ループの構造自体は互いにc映進対称の関係にあります。図3-3 (a)のkl部分に形成される積層欠陥は、そのまま図3-3 (b)のhi部分に形成される積層欠陥とc映進対称の関係にあります。このhi部分は基底面転位の向きはξ= [1120]です。転位の向きの設定には任意性があります。転位の向きを逆向きに設定すると、バーガース・ベクトルの定義に従いバーガース・ベクトルの向きも逆転します。このことは”放射光トポグラフの利用(2)”で説明しています。転位の向きを逆方向に設定し直してバーガース・ベクトルも逆転させると、図4-3(a)の積層欠陥と映進対称な積層欠陥図4-3(b)が現れます。図4-3 (c)と図4-3 (d)の関係も同様です。
以上は、ξ= [1120]方向を向いているb=±1/3[1120]基底面らせん転位から4つの異なる方向を向いている菱形のショックレー型積層欠陥が生成する説明です。次に、ξ= ±[1100]方向を向いているb=±1/3[1120]の基底面転位の場合、REDG効果によってどのような形状のショックレー型積層欠陥が形成されるかを考察します。
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